すべて R50恋愛小説

第1話「雨の公園」-R50ショートストーリー-

まさか恋をするなんて……。 

とっくの昔に置き忘れてきたもの。 

でもどうしても、この胸の高鳴りを 

抑えることができない……。 

R50世代に贈る、どきどきする

小さな恋の物語です。 

心が揺れるショートストーリー「雨の公園」

我が家のお布団とはまるで違うサイズ感の、意外と清潔なベッド。洒落た間接照明。あ……この人って、肩の後ろにホクロあったんだ。 

 わたしの身体と頭のほぼ全部は、ちょっとぎこちない腰の動きと柔らかな指に導かれ、この瞬間だけは世俗のすべてを忘れているはずなのに、どこか冷静に〝観察”している自分もいる。やはり、 わたしのどこかに「夫に申し訳ない」という気持ちもあるのだろう。って、わたしまた自分を観察してる。 

 誠くんーーと今では呼んでいる4歳の上司とこんなことになるとは、4ヵ月前には思ってもいなかった。 

 29歳まで続けていた雑誌編集の仕事に、念願かなって復帰したのが今年3月。 

「今さら陽子にそんな仕事、できるのかな?」〝生真面目〟という 日本語を、66歳の日本人男性として結晶化させたかのような主人。29歳で結婚を決意したときは、その生真面目さに惹かれた。仕事 に押しつぶされそうになっていたわたしは、「ゴダール」と「ゴダイゴ」の区別もつかない36歳の愚直な税理士との静かな生活に、 救われようとしていた。 

「まぁパートみたいなものだし、たぶん大丈夫」 確かにわたしは、この人に救われたのだと思う。もしもあのまま職業人生を全うしようとしていたら、おそらくは心も身体も壊れていたことだろう。 

 2人の子供も、しっかり育ってくれた。「村澤税理士事務所の奥様」 というポジションだって、羨む人は羨むのかもしれない。でもわたしは、もう二度とゴダールの映画について誰かと話すことができない。少なくとも、この家のなかでは。 

「昔取った杵柄で校正だけは得意だと思う。じゃ、行ってきます ね!」仕事用のスーツに着替え始めた主人に無理やり明るくそう 言って、わたしは家を出た。 久しぶりの〝通勤時間帯〟に。

  いったい何なんだ、この山崎 誠って男は。 今日から働きはじめる小さな出版社の編集長。年の頃は40代半ば? 出版業界という のは暗めな人も多いけど、無愛想にもほどがある。着任の挨拶をしても、こちらを見もせずに「よろしくお願いします」と小さな 声で言うだけ。でもふと気がつくと、作業中のわたしをじっと見 てたりもする。……なんかこの人、キモチワルイ。隣の席の女子 (由香里ちゃんというらしい。 30代?)によれば「でも仕事はできる人なんですよ」と。なるほど。そしてちょっとイイ男でもあるんだけど、なんかこう、非常にもったいない感じの上司である。

 他の編集部員に対しては無口ながらも割と普通なのに、わたしには妙に愛想がない。そんな編集長に関してはちょっと居心地が悪いけど、30年ぶりの「仕事」は楽しく、気がつけばあっという 間に入社から1ヵ月が経過していた。話し好きな由香里ちゃんによれば、山崎編集長は10年ぐらい前までは大手出版社にいたらしい。それがなぜこの小さな会社に来たのかは誰も知らない。「まぁ長く生きてると人間いろいろあるからねぇ」と思いつつ、わたしはバッグに手荷物をまとめ、退社の準備を始めた。 

 予報どおりの大雨になった路地を、駅まで急ぐ。が、前方で男がずぶ濡れになりながら何かを抱えてる。もしかして、あの人泣いてる? なんか気味が悪いので道変えようかな……と思っていると、やだ、山崎さん?

「編集長! 何なさってるんですか!」傘を差し出しながら駆け寄る。驚いた山崎誠が、こちらをじっと見る。そう言えばこの人とわたし、初めてちゃんと目を合わせたかも。まつ毛が長い。 

「村澤さんでしたか······。 いや、猫が死んでましてね……」そうじゃなくて、こんな雨のなか何やってるのよヤマサキさん!

「せめて、埋めてやろうかと……」 どうやらこの人は極度の猫好きなのかもしれない。わたしも、そうだ。 

「ご一緒します」 

「え? あ、いや、村澤さんは関係ないですし」 

「でも編集長、埋めるといってもどこに埋めてあげるおつもりなんですか?」 

「そういえば、まぁそうですよね……」 

「わたしも伊達に長生きしてませんから、知ってる んですよ、監視が緩くて埋めてあげられそうな近所 の公園。ご案内します」 

 なるほど、と得心したヤマサキと二人、公園へ続く 細道をぽつぽつと話しながら歩く。なんだ、15ぐらい 年下かと思ってたけど10しか違わないんだ。4歳かぁ。そして奥様はいらっしゃるのね。って、年齢から言っ て当たり前か。 

「ゴダールの映画で……」 え? 今なんて言ったの?

「ゴダールの映画で、この道によく似た道を見たような気がします」 

「映画、お詳しいんですか?」 

「マニアというわけではありませんが、好きは好きですね」

 それからしばらくの間、わたしたちはヌーヴェ ル・ヴァーグのこと、黒澤明が世界の映画監督に与え た意外な影響などについて話しながら、歩いた。こんな話を男性とするのは30年ぶりかもしれない。

「ここですか」 

 映画談義に夢中になっている間にいつしか雨は上がり、目的地 に到着していた。 そう、ここ。大きな公園の裏手。ちょうど、誰からも見られない場所。 

「じゃ……始めましょうか」いつの間にかどこかで拾っていた大きな木片で、ヤマサキマコトが土を掘りはじめる。 見てるだけという のも馬鹿みたいなので、わたしも手伝いたい。何か道具ないかな ……あ、そういえば、バッグのなかに缶のペン入れがある。 ペンケースを手に、ヤマサキの横にしゃがみ込む。 

「あ、いや村澤さん、汚れますし、ペン入れもダメになっちゃいますし」 

「大丈夫です。やらせてください」 

「大丈夫じゃないですよ、ダメです!」 ヤマサキマコトがわたしの右手首を強く握り、制止する。 

「でも!」と言って顔を上げると、思いのほか近くにヤマサキの顔。10センチぐらいだろうか。ヤマサキも、びっ くりしている。 そのまま互いの眼を見続ける。 そらすことができない。 ヤマサキも、そんな感じでいるみたい。 ……何、この少女漫画みたいな状況? 笑っちゃうんですけど。でも、笑えない。 「……………………!」 

 ふいに右手を引き寄せられ、キスされた。唇だけの、 軽いキス。でも、キスされた。しちゃった。 わたし、拒んだようで、実は拒まなかった。びっくり。 ヤマサキも、どうやらびっくりしている。 

「失敬…… つい……」 でも、わたしの右手首は離さない。 

「え、えっと、あの······ やだ、うまく言葉出ない。 どうしたんですか?」 わたしの右手首を離し、再び木片で土を掘り返しはじめたヤマサキが言う。 

「本当に申し訳ありません。色々重なってしまい、つい 村澤さんに甘えたくなってしまったのかもしれません。……少しだけ僕の話をしてもいいですか?」 

 このまつ毛の長い、わたしが久しぶりに口づけを交わした男が、これから何を話すつもりなのか。わたしには想像もつかない。だが、 聞いてみたい。右手首と唇に残るほのかな熱を感じながら、わたしはそう思った。 

おすすめ

50代のデート【おすすめの場所は?初デートはどこまで?】 1

50代のデートはどのような場所へ出かけるのがベストなのでしょう?また、初デートの行き先はどこまでにしておくと、お互いが無理なく過ごせるのでしょうか?プライベートや結婚相談所、またはマッチングアプリなど …

50代のための季節のデート情報 1月 「梅の花を見に行きませんか?」 2

1月下旬頃から早いところでは梅の花が咲き始めます。 見頃は種類にもよりますが2月中旬から3月中旬です。 皆さんの地域でも梅林スポットは色々とあると思いますが、関東近郊の梅まつり情報をご紹介します🌸 杉 …

セックスを外注したい熟年男女 3

ご注意 本編はR50Timeが推奨している内容ではありません。あくまでもエンタメとしてお楽しみください。 熟年の男女の中には「セックスは外注したい」と思っている人が多いようです。 実際に外注することで …

-すべて, R50恋愛小説