人生においてあんなにも落ち込んで、悲観したことはありませんでした。長く連れ添い、二人の子どもを慈しみ育て、信頼し合っていると信じていた夫は不倫をしていました。
「他に幸せにしたい女を見つけたから離婚して欲しい」という言葉と共に家を出ていきました。泣き暮らしていた時、まさしく王子様が私の前に現れました。
夫に不倫をされたけれど、それがなければ繋がりを持てなかった男性であり、人生最後の恋に進むことが出来たようです。
全てを捨てて出ていった夫と人生を悲観した私
「慰謝料も払うし、財産分与もしなくていい」と最後の言葉を残して、新しく愛する女性のもとに行ってしまった元夫。こんな未来を想像したことなど一度もありませんでした。
二人の子供たちは自立しており、親権の話し合いなど必要のない年齢。ここまで二人で子どもを愛しながら過ごしてきたわけですが、今振り返ると、私たち夫婦の愛というよりも、子どもを挟んでの家族愛のみだったのかもしれません。
元夫は、本当の愛を探していたことに私が気づいていなかったとしたら、申し訳ない気持ちでいっぱいです。こんな気持ちになれたのも、彼に出会って、私を受け止めてくれたからです。
それまでは、全てを捨てて出ていった夫の背中を思い出しては泣いて、人生を悲観していました。「どうして私がこんなことにならなければならないの?」「なぜ一人なの?」と裏切られた悲しみと寂しさで打ちひしがれていたのです。
話し相手を見つけたいと思ったいきさつ
離婚となっても生活には困りません。仕事はずっと正社員で働いていますし、元夫はお金を置いて出ていきましたので。だから、私は職場と自宅を往復しながら、一人になると抜け殻のようになる日々。
そんな時、職場で長く一緒に働く同僚に誘われて夕食を一緒に食べてから帰宅することに。食事中は職場で起きた面白い話をして、彼女の悩みを聞きながらの、いつも通りの時間。
でも、きっと彼女は長い付き合いなので私の異変に気付いていたのでしょう。駅までの帰り道で「誰かに話したら案外すぐにスッキリするものだよ」「知らない人の方が聞いてもらいやすいよね」ということを何気なく伝えて来ました。
彼女の優しさです。私の返事を待ちませんでした。
しかし、私は彼女の提案をすぐに受け入れようと思いました。ずっと私の心は誰かに聞いて欲しくて、気持ちのままに叫びたくて苦しかったからです。55歳という年齢がそれをさせないでいたのです。
ぽっかり空いた心の穴を体で埋めたけど後悔なし
私の名前も顔も知らない人と話したいと思って、自宅に向かう電車に乗らずに繁華街方向に向かいました。彼女は私の背中を押すだけ押して「明日早いから」と帰っていきました。
以前、友人と訪れたことのある雰囲気のあるバーを思い出して、そこに向かいます。あまり頻繁に行くところではないので、最適だと思いました。
無事に到着し、平日ということもあって空いた店内に足を踏み入れます。バーカウンターに座り、お酒を注文します。「お久しぶりですね」とバーテンダーが声をかけてくれます。
「ちょっと聞いて欲しいことがあって久々に来ちゃいました」「何でも聞きますよ。今日は幸い、お店は静かです」とゆっくりと微笑みながら「どうぞ」と言わんばかりに私が話すのを待ってくれています。
私の身に起きたこと、今の寂しくて悲しい気持ち、誰かに話を聞いて欲しくて堪らないことを包み隠さずに話しました。マスターは以前も感じたのですが、男らしい雰囲気を醸し出していますが、優しさ100%の癒し系です。
ずっと私の目を見て、頷きながら、時に瞳の奥に私の悲しみを映しながら聞いてくれます。マスターは何も言わないのに、私が求めていることに気づきます。
「この優しさに包まれたい」「誰か、私を強く抱きしめて欲しい」
気持ちに気づいた瞬間、「今日はお店を閉めます。一緒に外に出ましょう」とマスター。私も55歳、これがどんな誘いなのか分かります。
元夫に捨てられた女に同情しているマスター、と同時にその同情は私を満たそうという意思を生ませています。男としての包容力で私を見捨てられないのです。
ぽっかり空いた心の穴をマスターの体で埋めていく瞬間、「私は一人ではない」「また恋をして新たな人生を始めればいいんだ」と強く思えました。
私の人生はこれからです
あの日から半年が過ぎました。マスターは私の彼として過ごしています。あの時のことを彼に聞いてみました。「実は最初に会った時から良い人だなと思ってて、またどこかで会えないかなって思ってたんだ」と言っていました。
私は全くそんなことはなかったのですが、これも運命なのかもしれませんね。私の人生はこれから。いろいろなことがあるのは当然だと思えるようになりました。
元夫も私も、彼もみんなが最終的に幸せになれたらそれでいいとも思えます。もちろん今はお互いの名前を知っていますよ。