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親の介護と家業に疲れた53歳男性がパートナーに出逢って救われた話

親の介護と家業に疲れた53歳男性が、パートナーに出逢って救われた話

結婚する前の状況

 農家と役所勤めをしている53歳男性です。先日結婚をしました。初婚です。

 現在の家族は、母と妻と私ですが、結婚するまでは、母と私の二人暮らし。母は私を26歳で産んでいるのでもう後期高齢者です。認知症とまではいきませんが、言った端から忘れていくので一緒に暮らすのはシンドイ段階。亡き父も、最期は施設に入っていたので、母もそうなると思っています。

深刻な寂しさと孤独

 一緒に暮らすのが大変なのに、家で面倒をみていたのは、私が寂しかったからだと思います。父の時はサクッと入ってもらった介護施設も、母の時はなぜか「まだ大丈夫」と頑張る自分。母は物忘れがひどくなっても料理や掃除や洗濯などをポツポツやってくれていたので、助かってもいました。

 やりきれないのは、時々母が堰を切ったように感情的になることです。以前はそんなに怒る人ではなかったので、人格崩壊とまでは言いませんが、息子としては地味にショックでした。高齢になると、怒りを抑制する前頭葉が収縮して、感情をコントロールできなくなるんだとか(ネットの情報)

 

 母の怒りの矛先はたいてい「嫁もとらんで!」という、私が未婚でいたこと。心配というか不満なんですね。今までもずっと大不満だったと思いますが、口をつぐんでいてくれました。「ご縁だから」とか「焦ってもどうにもならん」とか、優しい言葉をかけてくれていたのですが・・・。75歳くらいからでしょうか、前頭葉収縮のせいで、怒りをぶつけられるようになりました。かなり頻繁に。独身だったのは、自分でも気にしていることだったので、痛かったですね。

 

 でもいい大人でしたから、プライドがあって、誰にも相談できず。田舎ですし。相談された人も「今さら?」と思うんじゃないですかね。紋々と一人で悩む日が続きました。

 

49歳から始めた婚活

 でも悩んでいても状況は何も変わらないので、動くしかありませんでした。そうやって自分の問題から目をそらし続けた結果、今の自分になったわけですから。真剣に将来について考え「やはり結婚をしたい」と気持ちを固めて、動くことにしました。

 今は色んなサービスがあるので、まずはアプリに登録をしてみました。3つくらい登録しました。熟年者向けのものを中心に活動しました。

 自分は条件が悪い男だと分かっていました。50代、母親と同居、家業あり、田舎暮らし。取柄といえば、背が高いこと、先祖代々の農地を資産と考えれば・・・財がある?ということでしょうか・・・。

 外国人を紹介されたこともあります。正直戸惑いました。嫁のなり手がいない地方の農家に外国人のお嫁さんがくる、というのは確かに見られるケースです。でも私は日本人にこだわりました。国際結婚をする自信がなかったんです。母との同居も大変そうじゃないですか。 

 

 自分からは条件は特に設けませんでした。あえて言うなら健康で、日本人で、私を受け入れてくれる人。そういう方には、機会があれば必ず会うと決めました。そうして出会ったのがN田さんです。

N田さんと共感できた話題

 N田さんは40代の女性でした。私が登録しているアプリでメッセージを向こうからもらいました。私と同じ県内在住でしたが、私と違って彼女が暮らしている場所は駅の近く。「バスで行ける場所だなと思いご連絡をしてみました」「昔、お近くまで家族と行ったことがあります」と私に関心をもった理由を書いておられました。要するに比較的近くに住んでいるのが安心材料だったみたいです。

親の介護と家業に疲れた53歳男性が、パートナーに出逢って救われた話

 まず、二人の住居の中間地点あたりにある、古いそば屋でお昼ご飯を一緒に食べました。N田さんはペーパードライバーだそうで、本当にバスに乗ってやって来ました。

 茶色い髪をふんわりさせて、大ぶりのイヤリングを垂らしている、若々しい感じの人。お仕事は銀行勤めで、15年以上も窓口にいるそうです。色んなお客様を相手にしているせいか、人当たりが良くて話しやすかったです。なんでこんないい人が今日まで独身だったんだろうと普通に不思議でした。きっと恋人はいたんだろうな、って思いました。どんな人と付き合ってきたのかな、とかそんなことを勘ぐるあたり、もう惚れていますね(笑)

 座敷に座って、そばのセットランチを食べました。お母さんを早くに亡くされていて、長年お父さんの持ち家で一緒に暮らしていたけど、そのお父さんも半年前に突然亡くなり、一人になってしまったとのこと。「仕事が終わって、ちょっと買物して、家に帰ったら電気がついてなくて、畳の上で倒れていました・・・」笑顔が素敵な女性ですが、その時は涙をぬぐっていました。お父さんは74歳で、まだまだ生きると思っていたので、心の準備ができていなかったそうです。

 「すごい親不孝しちゃったなって泣けてきます。孝行したい時親はなしって本当ですね。私なんて結婚もせず、孫の顔もみせられないで。それが一番、辛い。一度20代のときに婚約したんですけど、相手の浮気がわかって破談になりました。あの時も心配をかけました。運もなくて。きっと私の事すごく心配しながら死んだと思う」

親の老いと死に向き合って

 N田さんの一言一言が私の胸に刺さりました。私も似たような状況だったからです。私もN田さんも一人っ子で兄弟がおらず、自分が親の面倒を一生みるんだ、親孝行するのは自分しかいない、そんな思いをなんとなく持ってはいたんです。いたんですが・・・、何にもできていない情けない自分。そんな自分に打ちのめされているわけです。

「ご両親はご健在でしたっけ?」N田さんが私に話題を振ったので、私も自分の事情を話しました。父親は施設で見送ったこと、母を自宅で面倒みていること、認知症が始まっている気配があること、施設に入れる決断ができないでいること、一人になるのが不安なこと・・・などなど。N田さんは静かに聞いていましたね。真剣な眼差しでした。

 それで「今度うちに来ませんか」とお誘いしました。今度は私が駅まで車で迎えに行きました。うちの農地や家をみてもらって、母にも会ってもらいました。家に上がってもらって、茶菓子を出しました。母はテレビを消さないので、我が家の日常、まんまでしたね。三人でニュースを見ながら団欒をしました。この人となら一緒にやっていける、結婚してほしいと思いましたね。

三度目のデートでプロポーズ、

 そして次のデートでプロポーズをしました。彼女の返事はYESでしたが、仕事を続けたいからと、もっと近くの支店に異動希望を出しました。でもこの希望は叶わず、結局は仕事を辞めることになったんです。大きな決断をしてくれました。以来、私の家で家事や農地の世話をしてくれています。

彼女が来てから

 母とは同じ屋根の下で暮らしていますが、母屋の近くに別棟があるので、私たち夫婦はそこに暮らしています。ご飯は一緒です。住む家の適度な広さや間取りは、円満な家族生活のために大切だと感じました。もし3LDKだったら狭すぎて、みんな疲れていたかもしれません。

 彼女は母とうまくやってくれています。疲れることもあると思いますが、大人だから我慢したり流したりできるんですね。それよりも、今しかない家族とすごす時間に価値を置いてくれています。「親孝行できるのは今だけだよ。後悔したくないよね」と言ってくれます。彼女が来てから私の気持ちも軽くなりました。

 結婚してくれるなら、誰でもいいわけじゃないし、相手を間違えるとむしろ地獄ですよね。共通体験があって相手の気持ちが分かること。良いパートナーの条件だと思いました。私はラッキーでした。いつまでこの穏やかな生活が続くか分かりませんが、後悔しないように日々を大切に暮らしていきたいと思います。

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